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2025.04.11

GX加速の鍵は民間投資 札幌出身・阿部修平スパークス社長が語る北海道のポテンシャル


“国策プロジェクト”に世界が注目

2025年4月、半導体メーカー・ラピダスは、北海道千歳市で試作ラインの稼働を始める。2ナノメートルという世界でもまだ実現していないサイズの次世代半導体の量産を目指す。量産までに5兆円が必要とされ、国も9000億円以上を投資する”国策プロジェクト”だ。

 

ラピダスの進出を受け、千歳市には国内外から注目が集まる。すでに国内外の半導体関連企業30社以上が進出しているが、今後さらに増えそうだ。世界最先端の半導体の量産化は、北海道と世界のつながりが深まる契機と言える。

 

製造拠点の候補地は日本全国にあったとされる。では、なぜ北海道が選ばれたのか。

理由は再生可能エネルギーのポテンシャルの高さにある。半導体の製造には、膨大な水と電力が必要となる。風況が良く土地が広い北海道は、風力や太陽光などの再生可能エネルギーが十分確保できると見込んだ。

再生可能エネルギーのあるところに、産業が立地する—。そんな時代が来ようとしている。

北海道に日本随一のポテンシャル

スパークス阿部社長

画像提供:スパークス・グループ

「北海道は日本随一の再生可能エネルギーのポテンシャルがある。東日本大震災直後の政府の諮問会議ではすでに、北海道がもっとも資源を持っているという結論が出ていた。これからますます発電のキャパシティーは伸びていくだろう」と投資会社・スパークス・グループ(東京)の阿部修平社長=札幌市出身=は、北海道の再生可能エネルギー分野に期待を寄せる。

阿部社長は、東日本大震災を受けて政府が2011年に設置した「エネルギー・環境会議コスト等検証委員会」で委員を務めた。震災を機に再生可能エネルギーの重要性を再認識し、2012年には東京都が企画した「官民連携インフラファンド」の運営事業者として公募で選定された。同年には、再生可能エネルギー発電所を開発・管理・運営する会社「スパークス・グリーンエナジー&テクノロジー」も設立。以降再生可能エネルギー分野への投資を拡大している。

 

阿部社長は「主に風況の良さ、これは北海道の最大の資源だ。北海道のエネルギー力はまだまだ生かしきれていない」と話す。実際に再生可能エネルギーの潜在量を示す導入ポテンシャルは、環境省の調査によると、太陽光発電・風力発電・中小水力発電で全国1位、地熱発電は2位となっている。まだまだ北海道には眠っている資源がある。

 

札幌市は2024年に再生可能エネルギーを最大限活用したGX投資を呼び込む「GX 金融・資産運用特区」に選定された。国が北海道の国内随一のポテンシャルにかける期待の表れだ。

SGET釧路メガソーラー_01

SGET釧路メガソーラー発電所 画像提供:スパークス・グループ

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SGET釧路メガソーラー発電所 画像提供:スパークス・グループ

クリーンエネルギーのプラットフォームを

阿部社長は北海道の持つ再生可能エネルギーのポテンシャルを語った上で、こう続けた。
「20年、30年くらいの時間軸で、クリーンエネルギーのプラットフォームを築くことが重要」

 

ただ、国内の再生可能エネルギー比率は依然として低い。資源エネルギー庁によると、2030年度の電源構成における再生可能エネルギーの割合は36〜38%を見込んでいるが、2023年度時点の比率は22.9%と2割程度にとどまっている。

阿部社長は「電力はマルチソリューションで考えなくてはいけない。ただグリーンなエネルギーを使おうという無責任なことは言えない。どのように適正化していくかが課題だ。エネルギーの転換というのは始まるとものすごいスピードで進んでいくと考えている。幼少の頃、燃料が石炭から灯油に転換したのは本当にあっという間だった。その時が来たら時代の変化は早い。構えておく必要がある」

 

再生可能エネルギー事業を進める上で避けて通れないのが、規制緩和への議論だ。阿部社長は「既存のエネルギー政策がベースとなり、実情に合わないものがどうしても出てくる。一つ変化をもたらすことで、全体のシステムを変えることも余儀なくされる。行政の担当者にとっては骨の折れることだ。ただ、次の時代を俯瞰して見たときに、ルールの変更は必要なことと考える。理解してもらうために、再生可能エネルギーに関わるわれわれも働きかけ続けなくてはならない」と訴える。

札幌市は特区となったことで、抜本的な規制改革が可能となる。日本の再生可能エネルギーを前進させるためにも、自治体ならびに事業者が一体となった議論が求められる。

水素のサプライチェーン構築で先行投資

スパークスは、再生可能エネルギーの主力電源化となる未来に向けて先行投資をしている。子会社のスパークス・グリーンエナジー&テクノロジーは2025年3月から、北海道苫小牧市で再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」製造設備の稼働を始めた。製造・貯蔵・輸送・利用までのサプライチェーンを構築する実証事業だ。

 

同市の市有地に水電解装置を設置。製造に必要な電力は系統電力に頼らず、太陽光発電と市のバイオマス発電の余剰電力でまかなう。製造した水素は高圧水素タンクに貯蔵し、トレーラーで各施設に運搬する。運搬した水素は近隣施設や企業でボイラー、ストーブ、燃料電池などに活用される。

 

水素に関する大型プロジェクトが2030年以降、各地で予定されている中、投資会社でありながら事業者として先行的に事業を展開している。スパークスの阿部社長は「まだ投資できる具体的な事業が育っていないから始めた。投資会社としては全く利益の出る投資ではない。ただ、これから先を見据えると、北海道のためにもなるし、事業から多くのことを学ぶことによって、投資家にリターンという果実を届けることができる」と語る。「使用方法はまだ限定的で、コストがかかるのが水素。ただ、燃焼時はとてもクリーン。水素は投資家として面白い」

 

けしてすぐに利益の出る投資ではないが、循環モデルの構築は北海道における新たな価値の創造につながっている。新たな投資を呼び込むきっかけとなることが期待される。

苫小牧市_SPARX水素製造所

苫小牧市/水素製造所 画像提供:スパークス・グループ

公共投資依存からの脱却と知名度アップを

阿部社長が北海道の長年の課題と指摘しているのが民間投資の低さだ。道内総生産に対する民間投資の割合を示す民間固定資本形成は2021年度が10.3%。国内総生産に占める国内全体の同割合である16.0%に比較して、北海道は極端に民間投資が少ないことがうかがえる。なお、北海道における公的投資が占める割合は8.2%で、全国の同割合である5.1%に比べると、依存度が高い。今後は公共投資依存から脱却し、民間が価値を創造できるかがカギを握る。

阿部社長は「今は札幌市に一極集中しているが、その原動力となったのは本州からの投資であり、人の移動だ。ただ、1972年の札幌オリンピックから飛躍的な成長が見られないのが現状。北海道の中で新しい価値を生むプロジェクトを進めるためには、民間の資本を導入する意欲と知恵を持たなくてはならない」と注文をつける。

 

一方、海外からのGX投資を北海道に呼び込む際、課題となるのが世界での知名度だ。日本政策投資銀行が2023年に実施した調査によると、「北海道」「札幌」の知名度はアジア圏では高く、台湾・香港では7割が北海道を知っていると回答した。しかし、アメリカ・イギリスは1割、フランスでは7.2%しか知らなかった。隣国・中国でも4割という結果だ。

阿部社長は「アメリカに長く住んでいたが、日本の最も北にあるのが北海道というのを知っている人は少ない。北海道には海外へ伝えていくべきことが山ほどある。ラピダスのような国策事業もあり、新たな動きが始まっている。もはや日本列島の単なる端っこではない。北海道の存在意義を一丸となって発信していくべきだ」と語る。

 

北海道と札幌市も海外での認知度アップに力を入れている。2025年1月、北海道と札幌市はアメリカ・ニューヨーク市でGX投資を呼びかけるセミナーを開いた。セミナーでは道内の再生可能エネルギーにおける潜在力をアピールしたほか、海外企業の進出や視察を対象にした補助金、税制優遇措置などを紹介し、北海道への投資を呼びかけた。会場では、食と観光プロモーションのイベントも合わせて開催し、札幌ラーメンや日本酒なども提供。食と観光資源の魅力を発信した。

参加した金融関係者からは「北海道の投資環境や具体的な支援策を理解する貴重な機会になり興味を持った、引き続き情報交換したい」等、今後の北海道・札幌の取組に期待する声が寄せられた。

SapproCityInNY

画像提供:札幌市

北海道の持つポテンシャルをどう発信していくか—。GX投資は、短期間でのリターンよりも長期的視点が必要だ。魅力的な投資対象として、北海道の可能性に賭けてもらうためには、国内外へのアプローチを継続しなければならない。豊かな観光資源などあらゆる角度から北海道を発信し”ファン”を増やすことも糸口と言えるだろう。金融特区となった札幌市の役割は、今後ますます大きくなっていきそうだ。